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幻の、ゼミ室505 ―「レストラン・リテラチュール」に合わせた室礼(しつらい)

幻の、ゼミ室505
―「レストラン・リテラチュール」に合わせた室礼(しつらい)

[ 世界観察のための共同性 ]
 ご覧になって吃驚されるかも知れませんが、これは、かつて在った、ある美術大学のゼミ室の雰囲気を再現したものです。
 私は今も、専任教員としてその大学で学生たちを教えていますが、長くこのゼミ室で学生たちと共に学び、彼らは巣立ってゆきました。画集や図録が積みあげられ、壁にはさまざま、雑多な展覧会やコンサートのチケット、メニュー、レストランのカード、絵葉書が貼られてい、びっしりギッチリの私版「驚異の部屋」(絶対王政期の王室コレクションが、近代的美術館の元祖です)、授業の際に席を確保するのが、たいへんでした。
 三年午前ゼミは、当番が料理をしてまず朝ご飯会。僕が料理をスケッチする。四年の午後ゼミは、お菓子会です。
 キュレーター(美術館学芸員)育成のためには、「モノ」に触れ「もの」を五感で感じることが重要。ヴァーチャルでは絶対学べないものが、美術と料理です。
 「安易に背後にある思想を云々するな!」「まず、表面、モノや文や何でも目に見えるものを、じっくり観察して、記述し、それらを配置して熟考せよ!」
 美大出身ではない私が、義塾慶應の仏文で学んだ、この「構造主義」流の世界観察のやり方は、キュレーターとしての修練に一番、役に立ったものです。
モットーは、“ THINK SIMPLE, FEEL DEEP.“

[ レストラン・リテラチュールという学び ]
 アートビオトープ那須の、東京におけるアンテナスペース、千鳥ヶ淵のギャラリー冊で、「レストラン・リテラチュール」という企画をかつてやりました。
 今回は、新装なったカフェ「邯譚」に、アラカルトメニューとして、名匠石倉シェフに頼んで、文学や本に現れた料理(レストラン・リテラチュール、音楽や美術に登場する、あるいは作家に関係あるものも登場します)をつくってもらいましたので、その関連の本も並べました。
 仏文の恩師マラルメ研究の泰斗、立仙順朗先生に「ボードレールは、コレスポンダンスと言っているけど、君たちどう訳す?」と問われ、迷って嗤われました。
 「「万物照応」だよ。機械化都市化のすすむ十九世紀の半ばにして既に、この象徴詩の領宰は、人間の肉体と自然から疎外され始めた危機に対して、警鐘を鳴らした、という事だだよ」と喝破された。
 大袈裟にいえば、二十一世紀のカルチャー・ツーリズム(文化観光)を目指すアートビオトープ那須のために、自然と肉体に還りながら五感を取り戻す部屋として、ここを室礼しました。

新見隆
武蔵野美術大学教授
アートビオトープ那須文化顧問
イサム・ノグチ庭園美術館学芸顧問
前大分県立美術館館長